ペルシア戦争 ~歴史上のお話辞典~【歴史秘話読んで楽しい世界史】 

ペルシア戦争 歴史

ペルシア戦争のある物語・・・

今から約2500年前、現在のギリシアはとても困っていた。

当時、中央アジアにはアケメネス朝という王朝が存在し、その支配力・軍事力は“地球一”であった。

その巨大王朝アケメネス朝が小国ギリシアに勝負を仕掛けてきたお話・・・
地図を見ただけでその大きさは歴然!!!

古代ギリシアでは

古代ギリシアは有力な都市国家(通称:ポリス)が存在していました。日本でいう有力な都市国家は“東京”“大阪”“福岡”みたいに言い換えられますね!

ギリシア世界遺産【パルテノン神殿】

その有力な都市国家が「アテネ」と「スパルタ」です。

この2つの都市国家の性格は正反対でした。

アテネの人生【女性編】

0〜15歳の生活
0歳で産まれると、母親の元で育てられ、7歳で学校へ行きます。そこで学ぶのは家事や裁縫、礼儀作法や文学を学びます。女の子ですね♬
15歳になると・・・
実はアテネは15歳くらいで結婚をします。日本じゃアウトですね。そして、基本外出はせず、家の中で家事をしたり、育児をしたり、奴隷に指示を出したりします。


アテネの人生【男性編】

0〜15歳の人生
0歳で産まれると、母親の元で育てられ、7歳で学校へ行きます。そこで、文学を学び、音楽や体育を学びます。日本とそんなに変わらないですね♪
15〜18歳になると・・・
この年になると自分の希望する業種の職業につき従事します。見習いですね!鍛冶屋や八百屋など基本的には親を継ぐことが多いです♪
18〜20歳は・・・
成人は18歳です。ここから2年間の兵役があり、兵役後は各自の従事した職業につき結婚していきます。
アテネ・スパルタはこうした兜や盾を持ち戦った。(=重装歩兵)

アテネはスパルタよりも人口は格段に多いです。戦争や有事の場合は男性たちがギリシアを守るために立ち上がるのです。

さぁ・・・一方で・・・

軍事都市国家スパルタの人たちの人生をご紹介します。

スパルタの人生

スパルタは、男女問わず、まず産まれて最初に【ある試練】が待っています。

産まれてすぐの赤ちゃんは親の元へはいけません。どこにいくかというと・・・

スパルタの“長老”の所へ行きます。

そこで、長老が赤ちゃんを“審査”するのです。健康でしっかりした赤ちゃんかどうか・・・。

長老の審査に合格した赤ちゃんは、育てられる訳ですが・・・審査に落ちた赤ちゃんは・・・

殺されてしまうのです・・・

古代ギリシアのスパルタ族にはこの掟があったのです・・・。

育てられることを許可された子どもたちの人生は・・・

スパルタの人生【女性編】

0〜12歳までの人生は・・・
ここまでは親元で生活をします。まぁまぁ・・・ここまではそうですよね。
12歳から20歳までは・・・
“丈夫な赤ちゃんを産むための身体訓練”をします。格闘や競歩、やり投げなどの厳しい訓練です。
20歳からは
20歳で結婚して、育児に励みます。健康で力強いため、スパルタの女性は育児がめちゃくちゃうまいと評判があったんですね。あ、もちろん、育てる母親も長老の審査をくぐり抜けているので、凄い頑丈で健康ですよ。

スパルタの人生【男性編】

0〜7歳の人生・・・
親元で生活をします・・・。7歳まで・・・。小1。小1ですよ!!!!!?
7〜18歳の間は・・・
7歳になると親元を離れ、同年代の子と集団生活をし、訓練に励みます。戦闘技術、体力作り、戦士としての心得・・・。12歳になると兵士としての訓練が本格化し、この訓練で怪我をしたり、中には命を落とす者もいた。痛みに耐えるムチ打ち訓練などもあり、とにかく強靱な肉体と驚異の身体能力、戦闘能力が身につく。
18歳〜30歳の人生は・・・
非戦闘員として、軍隊に参加し、20歳になると主力軍に編入され、最強の兵士として働きます。もちろんこの頃に結婚するも妻とは完全別居状態。つらいですね・・・。
30歳からは・・・
ここで家庭に戻れます。60歳になると長老の選挙に出ることが出来ます。

先ほども話したようにこのギリシアに超大国アケメネス朝が攻めてきたのです!!!

ペルシア戦争(計3戦の壮絶バトル!!!)

第1戦目は、なんとギリシア不戦勝!!船で攻めてきたアケメネス朝の船が次々と沈没!アテネ・スパルタ連合軍は天候をも味方につけた!!!

初戦で敗戦したペルシアは、紀元前490年9月12日ギリシアに戦争をしかけた。

ギリシア全土を支配しようとしたペルシア約2万VSそれを全勢力で迎えるギリシア1万!!!

地図を見ると分かるようにギリシアは“ホーム”ペルシアは“アウェー”です。

ギリシアはできる限り戦いやすい状況に追い込み、ペルシア軍の度肝を抜いた。

戦闘を有利に進めたギリシアは圧勝!!!

その被害者は200人ほどに収まったとも言われている。ちなみに撃破数は約7000!

この戦いにスパルタは参加予定だったのですが、間に合わず・・・スパルタが来ていればもしかしていたら“殲滅(せんめつ)”できていたかもしれない。

ちなみに殲滅・全滅・壊滅はそれぞれ意味が違います。
全滅:部隊の約3割(戦闘兵の6割)を喪失。壊滅:部隊の約5割(戦闘兵の10割)を喪失。殲滅:部隊の10割(全部隊消滅)を喪失となります。

※司令官の「殲滅せよ!!!」とは「一兵卒たりとも逃さず殺せ!」ということなので、

大虐殺の命令ということになってしまうんですね・・・オー怖い・・・。

この大勝利にギリシア軍は大発狂します!やったー!!!勝ったぞー!!!って。

そして、そのアテネの兵士は戦場になった「マラトン」から「アテネ」まで重装備をしたまま走った。

戦勝報告をするために、必死に走った。一秒でも早く・・・。

約40キロの装備をしたまま、とにかく走った。

なんとかアテネに到着した兵士は報告後、なんと息を引き取ってしまったのです。

彼が走った距離が約40㎞ちょっと。マラトンからアテネまでの距離。

これが「マラソン」のもとになったお話なのです。

1人の男が戦争の勝利報告をするために走った距離。

これが「マラソン」

ちなみに・・・

現在のマラソンの距離は「42.195㎞」

これにはちゃんとした理由があります。

実はこの距離になったのは第4回ロンドンオリンピックでした。

その大会では41.843㎞のはずだったのですが、イギリス王妃“アレクサンドラ”が「オリンピックは競技場のロイヤルボックスでゴールを見たいわ。おほほほほ。」とわがままな注文をつけた結果、距離が伸び、現在の42,195kmとなった。

実はこの変更には、あるドラマがあるのです。それが

「ドランドの悲劇」

イタリア人マラソン選手“ドランド”さんは第Ⅰ位で競技場に入ってきました。

その疲労から競技場に入ったところで力尽き、係員の助けをもらいながら最後の350メートルを走りきります。しかし、結果を見てみると

なんと「失格」になったのです。

一人で走りきっていないという判断になり、こうした結果になってしまったんですね。

ほら、箱根駅伝なんかもそうですね。疲労や暑さなどで、ふらふらになっている生徒に、水は渡すことができます。しかし、したら失格になってしまう行為がありますね?

そうです。

「触れること」です。

これはこうした歴史があるからなんですね。

全てのものにはその「ルーツ」があり、それぞれが現在に残っている。

普段何気なく見ているものも、実はたくさんの不思議な物語が隠されている。

一緒に読み解いていきながらその面白さを感じてください♬

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