歴史上の人物辞典〜悲劇のヒロイン「王昭君」〜【歴史秘話読んで楽しい歴史】

中国 歴史

今、コロナウイルスの影響で多くの子どもたちが、
自宅学習を余儀なくされています。

一人でも多くの人が、「歴史って面白い!」
と感じてもらえるように・・・今日の歴史秘話!

今日は「ある1人の美女のお話です・・・」

中国四大美女の一人「王昭君」

中国の地図
R先生
皆さんご無沙汰しています。コロナは大丈夫ですか?それでは久しぶりの歴史のお話をしましょう。今日のお話は”中国4大美女の1人”「王昭君」です。
生徒
久しぶりの歴史秘話ですね♬先生楽しみです!お願いします♬

わずか14歳で宮廷に入る超絶エリート美女!

生まれは庶民。(出身地はコロナ発症の武漢市)

彼女はその美貌で
わずか14歳で宮廷に選ばれた超絶エリート美女。

中2ですよ。中2。

実はこの前漢・・・モンゴルとの関係が悪かった・・・
現在のモンゴルはかつては「匈奴」とよばれ、その強さはものすごい強力であった。

この写真世界遺産「万里の長城」

これは何のために作られたかは知っていますか?

万里の長城
万里の長城
匈奴(=モンゴル)などの異民族の侵入を防ぐための「防壁」です。

歴代の皇帝たちが
その強大な力を弱体化させるため、
国を守るための防壁としてつくりあげた。

ちなみに「皇帝」という言葉を初めて使った男は中国の人。
こちらの記事をご覧ください♬
キングダムでは「吉沢亮」さんが彼の役を務めました。

始皇帝

歴史秘話ヒストリア「始皇帝」【読んで楽しい歴史】

前漢はこりゃまた大変で・・・

この前漢は

「劉邦」

という男が成立させました。

この王朝は先程も話した通り
「匈奴(=モンゴル)との関係が悪い」

そして匈奴には歯が立たない状況であった。
攻められたらひとたまりもないが
国を存続させなければいけない・・・。

前漢は匈奴と1つの契約を結ぶことになった。

脚に鎖がひっかかっている

前漢は国を存続するため
匈奴ある契約を結ぶことになった。

匈奴が侵入してこない代わりに
前漢は匈奴に対し、

ある「2つの贈り物」を毎年することになった。

R先生
さて、皆さん考えましょう。毎年匈奴に何を送ることになってしまったのか・・・。毎年ですよ。毎年。送らなければ匈奴は攻めてきます。
生徒
ん〜・・・贈り物かぁ・・・なんか不吉な感じがしますね・・・。なんだろう・・・。食べ物とか?租庸調の特産物とか・・・?

さて、前漢は毎年匈奴に何を送ったのか・・・それが・・・

」と「

生徒
え〜!!!人質ってことですか!?その人質が王昭君ってことか!!かわいそうに・・・
R先生
察しが良い♬でも、それだけのかんたんなお話じゃぁ、「悲劇のヒロイン」とは呼べません。もっともっと悲しくて、切ない物語があるんです・・・。

当時の皇帝・元帝

この時代の特徴について
こんなお話があります。

皇帝やその皇后らが生活する宮廷の女性たちは
皆が美女であり、琴や歌といった芸に富む女性たちが選ばれていた。

しかし、1人1人面接をし、
話をし採用しようとしても時間がかかってしまうんです。

そこで、取り入れたのが「似顔絵」です。

専門の宮廷画家が
女性たちの似顔絵を描き、
そのリストを皇帝が見て美女を引き抜く。

という方法でした。

これなら時間短縮にもなりますし、
効率が良いんですね♬

ところがこれには大きな問題が・・・

猫

皇帝は美女に弱い

宮廷で働くことができれば、
ましてや後宮に入ることができれば、
皇帝に近づくことができます。

お金も超破格の給料をもらえる。
女達はその欲に溺れます。
そして行動してしまうんですね。

それが

宮廷画家への「賄賂」です。

賄賂を渡し、
時には体を売り、
宮廷画家に嘘の似顔絵を書かせるのです。

そうすれば皇帝に選ばれる可能性が高くなる。

「より美しく」
「より優雅に」
「より繊細に」

似顔絵を描かせるのです。

当時の宮廷画家の給料はとんでもない金額だった。

この賄賂が横行している中、
王昭君の元にも一人の画家がやってきました。
そして、彼女を利用しようと画家は考えたのです。

そして宮廷画家は王昭君を呼び、こう言いました。

「あなたは後宮に入れます。
私に任せなさい。
皇帝が選んでくれるよう似顔絵を描きましょう。
わかっているね?」

と。

「わかっているね。」とは
「賄賂を渡せ。ほら。」ということです。嫌な宮廷画家ですね。

王昭君は言った。「そんなもの必要ないわ。」

彼女は断りました。後宮に選ばれたくもない。私は私でいる。賄賂など、セコいことはしたくない。似顔絵を描くならありのままを書きなさい。ってことを伝えました。

生徒
王昭君かっこいい!さすが!でもこわいな・・・どうなるんだろう・・・。

馬鹿にされたと激怒した宮廷画家は王昭君をわざと「醜い姿」に変え、似顔絵を描き、皇帝に渡したのでした。ひどい画家です。

王昭君が19歳のとき・・・事件が起きる!

二人の中国人美女

あるとき匈奴の王が中国の宮廷を訪れ、「漢の王女を妻にもらう」と選抜した女を要求してきた。

当時の皇帝元帝は差し出す人質を選ぶ必要が出てきたのです。そこで、どう選んだかはもうわかりますね?きれいな人は選びたくない。自分のそばにおいておきたいから。

一番醜い女を妻に送り出してやろう

と考えます。匈奴にたいしての嫌がらせとでもいいましょうか。

宮廷にいる一番醜い、ブスな女性を選んだ。

もうおわかりですね?皇帝の手元にあるリストは、全員が美女です。しかし、たった一人だけ「醜く似顔絵を描かれた女性」がいます。・・・そう。

王昭君

元帝は一発で王昭君の似顔絵を選びました。「なんだこの女は!!!こいつに決まりだ!!!醜い顔をしている!」

選ばれた王昭君はその報告を受けると嫌も言わず承諾した。皇帝の指示に従いました。そして、匈奴の王の妻として、中国を出ることになりました。元帝はその醜い姿をひと目見ようと最後の別れを言いに行きました。

その見にくい姿を見てやろうと顔を見ると・・・

女性の目隠しが取れる

そこには誰もが目を止める美女の姿があった。

元帝は言葉を失います。似顔絵とは全く違う女性がそこにいて、今から匈奴の王の妻となるため送られてしまう。元帝は絶世の美女を見ると「もう一度、選び直す!!!お前は私の妻になってくれ!頼む!!!」

しかし、王昭君は言葉を返します。

「私はあなたに選ばれました。光栄です。匈奴との和平に貢献するため、匈奴へ向かいます」と・・・そのまま王昭君は匈奴に向かいました。

宮廷に帰るとすぐに元帝は似顔絵師を呼び、彼を殺しました。それからは実際に自分の目で確認したのでしょうね・・・

さて、匈奴に向かった王昭君は・・・

実は王昭君・・・最初は良かったのです。子供にも恵まれました。匈奴の王の妻となり生活をしていました・・。ところが・・・ある時その夫をなくしてしまうんです。

匈奴では王がなくなった場合、その妻は「次なる王の妻となる」ことが国のルールで決まっていました。つまり、嫁いだ夫の兄弟や子供の妻になる。

王昭君は「匈奴の王の妻になる」ために中国からやってきました。しかし、「その兄弟の妻になるために匈奴にきたわけではない」言葉も知らず、顔立ちも異なる。知り合いもいない中苦しかったでしょう。

そして、次の王になったのは彼の息子だった・・・。これは近親相姦ということになります。かつての異民族はこうした悪習が普通だったのです。

そして、苦渋の決断で、息子の妻となり、2人の女の子をうみます。そして、その後、王昭君は異国の地【匈奴】でその生涯を終えたのだった。

最後にこんなお話・・・

王昭君がなくなった後、その地には供養塔が建てられました。現在も観光名所として残るその場所は

「青塚」

と呼ばれています。なんでだと思いますか?

秋になるとこの地域では葉が枯れ、落ち葉が増えるのです。しかし、彼女がなくなったその場所には、「青々とした緑が生い茂る」そう・・・。

なぜ、青々とした緑が映えるのでしょうね・・・

東京都府中市から世界へ発信