歴史上の人物たちは「単体」でありますが・・・
歴史上の単語の中で・・・誰しもが知っていて
超人気アイドルグループ並みの人気を誇る
グループこそ「新選組」です。
彼らは「悲劇のヒーロー」・・・。なぜ新選組は
存在したのか・・・どんなことをしていたのか。
アイドルグループの嵐よりKing&Princeより
超かっこいい男たちの人生を学びましょう❗
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新選組とは
時代は明治維新の起きた「明治時代」。日本は
海外の文化を取り入れた新しい日本を作っている
真っ最中・・・その明治政府と敵対し、江戸幕府
側についたのが「新選組」なので・・・・・・
明治の頃の新選組は「悪者」として「人殺し集団」
や「逆賊」として歴史に名を残していた。
あ、そうだったんですか❗
その後、大人気グループになるのはなぜか。
ときは江戸幕府時代末期(幕末)・・・戦いが
ほぼなくなりつつある日本にとって「武士」
という存在の価値が薄れてきた。
そんなある日、新宿区市ヶ谷に「試衛館」という
剣道道場がありました。そこに通う農家の男の子
「勝五郎」がいました・・・。勝五郎はある日
町に現れた強盗を見事な剣術で成敗し、一躍
人気ものになった。
その評判が試衛館の館長「近藤周作」のもとに・・・
勝五郎人気者ですね❗
なんと試衛館4代目の長に選出されたのです。
おぉ〜❗❗
農家出身であった勝五郎を養子として雇い・・・
「近藤」の性を与え、名を与えた。それがのちの
新選組局長ともなる「近藤勇(こんどういさみ)」
の始まりである。
この道場で練習生としていたのが、のちの新選組
副長の土方歳三や、沖田総司らだった。
うっひょ〜❗❗すげぇ・・・・
彼らは身分が決して高くはない男の子・・・
それがここまでの人気グループになるとは
つゆ知らず・・・。そんな彼らにまたとない
大チャンスが訪れる。
新選組のもととなる「浪士組」
時代は徳川幕府14代将軍「徳川家茂」が自分を
護衛してくれる侍「浪士組」の募集を始めた。
しかも「身分」は問わなかった。
黒船もすでにやってきたり、外国の脅威に対抗
するため江戸である東京から京都に上洛する
ために護衛兵を募集したのです。
身分を問えないほど江戸幕府は衰退していた。
なるほど・・・人材が居なかったのか。
こうして試衛館にいた近藤らは出世を求め京都へ。
しかし、京都に行った近藤たちだったが・・・
「え〜・・お集まりの皆さん。申し訳ないですが
江戸将軍の護衛ではなく、天皇の護衛をして
いただくことになりました。」という説明が。
天皇の護衛ではなく徳川家茂将軍の護衛として
京都にわざわざやってきたのに・・・と近藤らは
その説明に怒った。
この怒る近藤を見た一人の男が酒に酔いながら
近藤に近づき・・・「お前・・・やるなぁ・・・
その心意気、気に入った❗」
これがのちの新選組隊員「芹沢鴨」だった。
おぉ❗知ってる❗
京都でのこうした出来事が「ある人物」の耳に
入った。それが京都で今の警察のような護衛の
仕事をしていた会津藩(福島)出身の松平さん。
彼は言いました。
「最近は江戸幕府に反抗心を持つ者も京都に多い。
彼らはうちで採用してやろう。きっと役に立つ。」
こうして京都の壬生(みぶ)の治安を守る・・・
「壬生浪士組」として近藤や土方は京都で仕事を
することになった。
その壬生浪士組は近藤率いる近藤組と・・・
酒乱で荒くれ者であった芹沢率いる芹沢組の
2班構成で治安維持の任務にあたった。
近藤と芹沢・・・かっこいいなぁ〜❗
そんな中、治安維持の仕事をしていると、長州藩の
連中が外国勢力の強さを知り・・・弱った日本を
変えようと過激な変革運動をしていた。
困った幕府は朝廷(天皇家)と協力することで
長州藩を追い出すことになり、壬生浪士も参加し
実績を残した。その結果朝廷から認めてもらい
「新選組」という名称をもらった。
朝廷・幕府から認められたグループとなった。
そこであのハッピを使ったんですか?
そう❗それにもちゃんと意味がある。
ギザギザ柄は命を惜しまず主君の為に戦う物語
「赤穂浪士」が着ていた柄で・・・なぜ「水色」
かというとかつて切腹の際に着るものが水色
だった。そして主君を守ると言ったら守る。
言ったことを成すという【誠】をつけた。
死ぬ覚悟はできているってこと。
かっこいい・・・・
そしてこの新選組には4つのルールがあった。
①脱退を禁ずる
②借金をすることを禁ずる
③訴訟することを禁ずる
④個人的な喧嘩はするな
これを破った場合は「切腹」しなければ
ならなかった。
こうして正式なルールが完成たが・・・京都では
荒くれ者だった酒乱:芹沢鴨はルールができて
いるにもかかわらず借金取りを斬ったり・・・
あっちゃ〜・・・
結構クレイジーでした・・・。
新選組の管理をしている会津藩主:松平さんに
相談に行くと「芹沢のことは任せる」と・・・。
こうして不運なことに新選組最初の任務は
【芹沢鴨を暗殺すること】だった・・・。
新選組の初任務
芹沢暗殺の先陣を切るのが新選組一番隊隊長の
病弱だが天才剣士である「沖田総司」。
遊郭で酒を飲む芹沢に奇襲攻撃を仕掛け、見事
暗殺に成功。これを長州の過激派による犯行と
した。
おぉ・・・・。
その後任務を遂行していく中で、過激派を尋問
すると「京都放火&松平容保暗殺」の計画が
あることを知る。さらに天皇を拉致し・・・
長州藩に連れて帰るという計画も吐いた。
そのテロ計画の実行本部となるのが「旅館」
ということも吐かせた新選組は、近藤・沖田班
と土方班で徹底的に京都の旅館を探し・・・
ついに近藤班がテロの本部である「池田屋」
を見つけた。
池田屋事件だ❗❗
この池田屋事件で有名なのが沖田総司の吐血。
彼は天才剣士で斬られていないのに口から血を
吐いたという・・・。病魔が体を蝕む前兆が
見られたのだった。
この池田屋事件をキッカケに新選組への志願者
が激増し、有名な組織となったのだった。
しかし、人数が多くなると統率力も低下・・・
二番隊隊長:永倉新八は局長の人気にちょっと
不満を持っているし・・・土方とダブル副長を
担う山南敬助も「ここまで増えるとルールである
切腹は厳しすぎるのではないか?」と土方と対立。
そして、池田屋事件以降に加わった伊藤甲子太郎
(いとうかしたろう)は頭脳明晰かつ天才剣士。
関東でも超有名な人物であった。
彼は天皇を守りたいという意識を凄い持っていて
新選組は「天皇&幕府を守る存在」と聞いていた
から入隊してみたが・・・・・・・実際に入ると
天皇への信仰がほとんど無く、むしろ幕府を守る
意識が強すぎる集団であったことに気づいた。
あ〜・・・なんか不吉な予感・・・。
でも・・・辞められないでしょ?
切腹ですもんね・・・・
そんな伊藤甲子太郎の天才肌は脅威であり・・・
新選組にとっても最高の戦力として副長と同格の
「参謀長」に大抜擢。それを知った山南敬助は
「俺が居なくても・・・いいのかもしれない。」
と自信喪失・・・
実は山南敬助はあの池田屋事件前に病に倒れ
参加できずにいた。副長としての任務ができず
そんな中での新入り伊藤甲子太郎の大出世。
これは自分が必要ではないという証・・・
そんなある日・・・
「山南敬助が・・・帰ってきてないだって!?」
あ〜〜〜〜〜〜・・・
新選組の動揺
脱退は「切腹」になる。副長である山南敬助が
脱退するために逃げるわけがない・・・。
近藤も悩み・・・山南敬助と仲の良い沖田総司に
探すよう命令しあちこちを探して・・・ついに
山南を見つけ出した。
沖田は言った。「山南さん、僕から言いますから
帰りましょう❗土方さんもわかってくれます❗」
そういって二人一緒に帰りました。
え・・・どうなったんですか?
沖田総司は必死に説明しました。ちょっと
考え込んでしまっただけだと・・・。
山南敬助は言いました。
「いや、俺は新選組に向いていない。脱退する。」
土方は言いました。
「新選組のルールは変わらない。切腹を命じる。」
こうして山南敬助は切腹をした・・・。
うぅ・・・山南さん・・・。
切腹は本人が腹を指したあと「介錯(かいしゃく)」がある。
あ・・・痛みを感じさせないため首斬るんですよね?
そう。その介錯を「沖田総司」が担当しました。
つらいですね・・・。
こうして芹沢に続き、幹部が2人死んでしまった。
そしてさらなる大激震が新選組に訪れる・・・。
天皇を、幕府を守る存在であった新選組に
あの【幕末の志士】が登場❗
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