【歴史秘話】面白い歴史〜悲劇のヒロイン「王昭君」〜

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中国の地図

時代は中国漢の時代に生きた

ある1人の美女のお話・・・。

Ryo先生
彼女はわずか「14歳」で宮廷に推薦された超絶エリート美女なんです❗中2です。中2。

漢王朝は

「劉邦」

という男が建国しました。



この王朝は

「匈奴(=モンゴル)」との関係が悪く・・・



匈奴には歯が立たない状況であった。


攻められたら終わり・・・

しかし

国を存続させなければいけない・・・。

Ryo先生
そんな漢は匈奴と「ある契約」を結ぶことになった・・・それが・・・

匈奴が侵入しない代わりに・・・

漢は匈奴に対し・・・

ある「2つの贈り物」をすることになった。

生徒
贈り物・・・なんか不吉な感じがしますね・・・。なんだろう・・・。食べ物?特産物?


それが・・・




」と「

生徒
人質ってことですか!?その人質が王昭君ってことか!!かわいそうに・・・
R先生
そんな簡単なお話じゃぁないのです。「悲劇のヒロイン」です。もっともっと悲しくて、切ない物語があるんです・・・。

当時の宮廷での生活

中国人美女

この時代は

皇帝やその奥様が生活する

宮廷の女性たちは




皆が美女であり
琴や歌といった
芸に富む女性たちが選ばれていた。

Ryo先生
しかし、1人1人面接をし、採用しようとしても時間がかかってしまう。

そこで、取り入れたのが



「似顔絵」



専門の宮廷画家が
女性たちの似顔絵を描き


それを皇帝が見て
美女を引き抜く。


という方法でした。

Ryo先生
宮廷画家に賄賂(わいろ)を渡し、超キレイに自分の似顔絵を書かせるのが流行してしまった。

「より美しく」
「より優雅に」
「より繊細に」

賄賂が横行している中・・・


王昭君の元に

一人の画家がやってこう言いました。




「皇帝が選んでくれるよう
似顔絵を描いて差し上げましょう。
わかっているね?」




「わかっているね。」とは
「賄賂を渡せ。ほら。」ということです。


生徒
王昭君はなんて言ったんですか!!?



「そんなもの必要ないわ。」


後宮に選ばれたくもない。

私は私でいる。



賄賂など、セコいことはしたくない。

生徒
王昭君かっこいい!さすが!でも・・・どうなるんだろう・・・。

激怒した宮廷画家は

王昭君を「ブス」に書いた似顔絵を



皇帝に渡した。




そして・・・

王昭君が19歳のとき・・・


事件が起きる!


生徒
え!!!なんですか!?きになるーーー!!!!!

皇帝元帝は・・・

「匈奴に送る女」を選ぶ必要が出てきた。

元帝はキレイな女性は選びたくない。



自分のそばにおいておきたいから。



そこで元帝は・・・


一番醜い女を妻に送り出してやろう


と考えた。

Ryo先生
匈奴への嫌がらせ。宮廷にいる一番醜い女性を選んだ。もうおわかりですね???

皇帝の手元にある似顔絵リストは

全員が美女です。




しかし・・・




たった一人だけ「醜く似顔絵を描かれた女性」がいます。




・・・そう。王昭君です。

Ryo先生
元帝は迷わず王昭君の似顔絵を選びました。

選ばれた王昭君は

その報告を受けると

嫌とも言わず指示に従いました。





匈奴の王の妻として

中国を出ることになりました。




その醜い姿をひと目見ようと

最後の別れを言いに行きました元帝が

王昭君の顔を見ると・・・

女性の目隠しが取れる

そこには美女の姿があった。


元帝は言葉を失います。

似顔絵とは全く違う女性がいて

今から匈奴へ送られてしまう。




王昭君を見た元帝は





「もう一度、選び直すから
私の妻になってくれ!頼む!!!」


しかし、王昭君は言葉を返します。


「私はあなたに選ばれました。
光栄です・・・。

匈奴との和平に貢献するため
匈奴へ向かいます。」

生徒
か・・・かっこいい・・・・・。

宮廷に帰った元帝は

似顔絵師を殺しました。

王昭君のその後・・・

日本史

王昭君は子供にも恵まれ

匈奴の王の妻となり生活をしていました。


ところが・・・



夫がこの世を去ってしまった。

生徒
これで中国に帰れるじゃないですか!!!
Ryo先生
いや・・・それが・・・・・できないんです・・・

匈奴では・・・王がなくなった場合

その妻は

次なる王の妻となる」ことが

国のルールで決まっていました。




つまり、嫁いだ夫の兄弟や子供の妻になる。



王昭君は

「匈奴の王の妻になるため」

中国からやってきました。




しかし・・・

「その兄弟の妻になるため」

匈奴にきたわけではない。


次の王になったのは

彼の息子だった・・・。


苦渋の決断で

息子の妻となり2人の女の子をうみます。




そして、王昭君は

異国の地【匈奴】で

その生涯を終えたのだった。

Ryo先生
その後、王昭君が亡くなった場所には「供養塔」が建てられました。

現在も観光名所として残るその場所は


青塚


と呼ばれています。



秋になるとこの地域では、

葉が枯れ

落ち葉が増える。


しかし、


彼女がなくなったこの場所だけは

「青々とした緑が生い茂る」そう・・・。