世界の歴史秘話「垓下の戦い」

古代中国には『キングダム』でも
吉沢亮くんが演じた
始皇帝という皇帝がいました。
⇩ 始皇帝の面白い歴史秘話は ⇩
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彼は「中国史上初の国家統一」を成し遂げた
凄い男。
しかし人間。いずれ死にます。
そして各地起きたのが・・・
「王座争い」です。
その最終決戦が今回お話する
「垓下の戦い」
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/04/20200409_150657-scaled.jpg" alt="virginia-icon1000" name="Ryo先生" type="l"]この戦いの話が実に感動するお話なんです❗一緒に楽しみましょう❗[/voice]
世界の歴史秘話「項羽と劉邦」

まずは「項羽」・・・
彼は上の地図の「楚」の出身で
なんと身長は180センチを超える大男。
父は将軍であり、幼い頃から項羽は兵法を学び
反乱が起きる度に出兵、その出兵数は70回以上。
圧倒的なその力で全てに勝利しています。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/04/20200409_150657-scaled.jpg" alt="virginia-icon1000" name="Ryo先生" type="l"]しかも・・・この項羽、「傷を負ったことがない」最強の男なのです。[/voice]
しかし、その性格に難が・・・。
彼はとにかく
「使えない部下、弱い部下は切り捨てる。」
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]うっひゃ〜鬼上司ですね・・・会社だったら直ぐにやめちゃいそうです・・・。[/voice]
もちろん人は寄っては来ない
部下たちもビクビク怯えながらの戦をするわけです。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/04/20200409_150657-scaled.jpg" alt="virginia-icon1000" name="Ryo先生" type="l"]会社の上司で例えると「おい!お前!もっと売上残せ!出せないならやめちまえ!」みたいな・・・きっついですね。[/voice]
一方で劉邦。
酒好き・女好きの「ただのおっちゃん」
面倒くさがり屋の農民の子。出世など全く興味がない。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]うわ〜・・・劉邦大丈夫なんですか!?絶対勝てない・・・笑[/voice]
しかし彼は「人柄が武器」で
劉邦のところには「とにかく人が集まる」
そして人望が厚い・・・
彼がお酒を飲みだすと、みるみる人が集まり、
大宴会になる。
ある一団の隊長になったときも、
とにかく仲間を信頼し仕事を任せる。
そして、褒めて、おだてて活躍させる。
これが劉邦のやり方なのですね。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]優秀な部下が育ちやすそうですね❗私も劉邦のもとで働きたい❗[/voice]
実はこの二人の性格を
うまく表した言葉があります。
始皇帝が皇帝になった際、挨拶行幸を見た二人は
始皇帝を見て、それぞれこう言いました。
項羽は言いました「あれが始皇帝か・・・
絶対にあいつに勝って、皇帝の座を奪ってやる!」
一方で劉邦は言いました「あれが始皇帝か・・・
いいなー金も酒もたらふく持ってんだろうなぁー」
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/04/20200409_150657-scaled.jpg" alt="virginia-icon1000" name="Ryo先生" type="l"]それぞれの性格がよ〜〜〜〜〜くわかりますよね🎵[/voice]
面白い世界史「天下分け目の大合戦”垓下の戦い”」

始皇帝が死に、秦の王座が空いた。
項羽率いる主力軍と、劉邦率いる軍は
それぞれの道をたどり、秦の首都を目指しました。
項羽は秦への最短距離で進む。
途中の要所を攻め滅ぼし、戦を続け、
敵兵を徹底的に殺し、その力を発揮した。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]恐ろしい・・・けどかつての戦はそれが当たり前ですもんね・・・。すごいな・・・。[/voice]
一方の劉邦軍
「戦わないでくれるなら、今までどおりそこにいていいよ❗」
という感じで、戦う相手の自治を認め、
戦わずして降伏させ、無駄な戦いなく進軍。
戦争被害者が極端に少ない。
結果・・・先に首都についたのは劉邦。
死者もほとんど出していません。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/04/20200409_150657-scaled.jpg" alt="virginia-icon1000" name="Ryo先生" type="l"]項羽は時間がかかってしまったし、被害もそれなりに出てしまった。[/voice]
遅れて秦に到着した項羽でしたが、
その軍の威圧感は凄く、他の領土も制圧し、
首都に近い主要都市「楚」の王となり
近隣諸国も巻き込んだ広い領土を支配。
劉邦はビビって、少し遠方であり、地元であった
「漢」の王となった。
こうして広範囲を支配する「楚王=項羽」と
「漢王=劉邦」が隣接する状態となった。
劉邦の部下たちは項羽が皇帝になるのは
絶対に阻止したいと考えていた。
部下たちは劉邦に提案し、
項羽に戦いを挑むことを決意するのです❗
ここでも二人の戦い方は違った。
劉邦と直接対決を狙い、短期決戦を挑む項羽。
一方、項羽の周辺協力国を次々に攻め滅ぼし、
項羽を孤立させ、長期戦に持ち込もうとする劉邦。
戦争は長期戦になった。
項羽軍の兵は徐々に疲弊し、厳しいルールの存在
知らないうちに劉邦軍に寝返った兵も多くいた。
一方、周辺国と良好な関係を築いていた劉邦は
食料備蓄も豊富、毎晩宴会をするほど余裕があった。
もはやこれ以上の長期戦は厳しいと考えた項羽・・・
決戦日を決め、準備に勤しんでいた。
野営テントで休んでいるその時・・・
聞き覚えのある歌が項羽の耳に入ってきた。
それは・・・
敵陣の劉邦軍から聞こえる「ある歌」だった。
その歌を聞いた項羽は
この垓下の戦いの敗戦を確信した。
聞こえてきた歌が、母国「楚」の歌でした。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]え?その歌がなぜ項羽の敗戦を決定づけたんですか?ただの歌・・・。[/voice]
「も〜もたろうさん、ももたろうさん」とか
「か〜え〜る〜の〜う〜た〜が〜」知っていますよね❓
アメリカ人知っていますか❓
そういうことです。
項羽の出身は「楚」です。劉邦は「漢」です。
劉邦軍が「楚」の母国の歌を知っているわけがない。
つまり?
劉邦軍の中にかつての項羽軍が大勢いる証拠。
項羽の戦い方に不満を持ち、
劉邦に寝返った兵がめちゃくちゃいたということ。
さらに歌はこちらまで聞こえる大合唱・・・
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]劉邦さんは、項羽軍の兵隊さんとめちゃくちゃ仲良くなってますね・・・そういうことか❗[/voice]
東から西から北から南から・・・
どの方向からも楚の歌が聞こえるほど
寝返った兵は多かったわけです。
周り中が敵だらけになってしまった。
「四面」から「楚の歌」が
聞こえてきたのです・・・。
面白い世界史「四面楚歌」誕生物語
「助けがなく、周りが敵だらけ」
この語源の物語が生まれたのです・・・。
[voice icon="https://ryoblog2020.com/wp-content/uploads/2020/02/20200206_195443.jpg" alt="virginia-icon1000" name="生徒" type="r"]へぇ〜❗おもしろっ❗そういう物語があったんですね❗[/voice]
しかし・・・この戦いには
淡く、儚い「物語の続き」があるのです・・・
⇩ 続き ⇩
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