日本の歴史(日本史)をわかりやすく解説【飛鳥・奈良時代】

日本の歴史飛鳥時代 歴史


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日本の歴史

日本の歴史(日本史)をわかりやすく説明【古墳時代〜飛鳥時代の始まりへ】

天武天皇は「日本」という国号を制定
戦乱の日本を落ち着かせ

はじめて中国との対等な外交を熱望

「遣隋使」を送った

日本史をわかりやすく(飛鳥時代)

時代は飛鳥時代へ!


使節団リーダーは小野妹子!

生徒
出ました!小野妹子❗妹子なのに男なんですよね❗懐かしいです・・・。
Ryo先生
さて、この小野妹子。中国に何をしにいったとおもいます?



実はある手紙を中国に
渡しに行った。

当時の隋の皇帝は・・・
「暴君」と呼ばれるほどの
荒くれ者
「煬帝(ようだい)」

Ryo先生
なぜ「帝」を「だい」と読むのか・・・。これは一種の侮辱。悪帝として名を残しています。


その煬帝にお願いをしにいく妹子・・・。



なんとか手紙を渡すも・・・事件が❗

手紙の内容に・・・
「日出づるところの天子から、日没するところの天子へ送ります。」

この手紙の内容に煬帝がブチ切れ❗

残念ながら対等な外交とは
ならなかった・・・

生徒
なぜ煬帝はブチギレたんですか???手紙を渡しただけなのに・・・
Ryo先生
「太陽が登る東に位置する日本から、太陽の沈む西に位置する中国の皇帝に手紙を送ります。」との内容。日が沈む国と言われてしまったわけです。

外交も失敗し
政治もうまく行かない日本は


思い切って都を移動。

そこに「平城京」をたて

心機一転頑張ろうと動き出す❗


Ryo先生
「なんと(710年)見事な平城京。」ここから「鳴くよ(794年)ウグイス平安京」までが【奈良時代】です。

奈良時代をわかりやすく


さらなる発展のため
再び中国へ使節団を送り・・・



仏教を猛勉強し

再度日本に強固な仏教文化を取り入れた

日本は強力な仏教国家へ

仏教

仏教を取り入れ

こうした天皇中心の政治が

本格的にスタートしたのが【奈良時代


日本は天皇国家ではあるが


仏教を幅広く取り入れたことで
仏教に関する寺僧たちを手厚く保護した

Ryo先生
これが後に大変な火種となってしまうのです。

天皇も仏教の寺僧の教えを
大切にし、国家経営をしていた・・・

中国から多くの文化を取り入れたので

日本も「新しいこと」をたくさん始めます。

奈良時代の出来事(大きく2つ)


  1. 新税収システム

  2. 墾田永年私財法


超絶簡単に説明します。

奈良時代の「新政策」をわかりやすく説明

①「新税収システム=「租庸調制

万が一のために非常食や
備品を蓄えておきますから各自、出しなさ〜い。

Ryo先生
「祖=米」「庸=布」「調=各地特産物」これを税として収めさせたのです。他にも労働ボランティアもあった。


②「墾田永年私財法

国民の皆さん❗もう自由にね・・・

土地も田んぼも作っちゃいなさい❗
作ったやつはあなた達にあげちゃう❗

Ryo先生
これまでは開拓しても、「孫にまでならプレゼントOK」だった。でもこれが、「永遠に」となった。

こうして少しずつ新しいことを

始めだした日本・・・。


ところが!!!


その仏教の寺僧の中にいた

ある一人の男が




その権力をうまく利用し・・・
天皇の座を奪おうと動き出した

生徒
て・・・天皇の座を!!!!?

その男「道鏡」という。


道鏡はこういいました。


私が次の天皇になれば、国はより平和になる。
仏がそう言っている。」


と世間に流し、自ら天皇になろうとした

生徒
やばいですね・・・。そう言えるほど仏教の力をみんな信じていたのか・・・。


しかし・・・


和気清麻呂(わけのきよまろ)という人物に
阻止され失敗・・・。


Ryo先生
710年からの平城京の時代は、国の中心が「天皇」なのか、それとも「仏教」なのかで「揉めにもめた時代」だった。

この道鏡と和気清麻呂の争いは

大戦争に発展してしまいました・・・。

Ryo先生
仏教も手厚くしすぎるとおかしいことを言う人がいるということを知った・・・。



奈良時代の日本は混乱の時代だった・・・




「平城京に移動してから
良いことないな・・・移動するか・・・!」


時の天皇「桓武天皇」は

794年に平安京に遷都


この遷都で日本は再び新たな時代を迎える❗

ウグイスが・・・



ついに「ホーホケキョ」と鳴き出す❗