わかりやすい日本の歴史 鎌倉〜室町時代【流れがわかる日本史】

日本史 歴史
生徒
先生!今日もよろしくお願い致します!もう最近は勉強の楽しさがわかってきました!先生のおかげです🎵
Ryo先生
ありがとう!忘れた頃にまた読みましょうね🎵なかなか一回で覚えることは難しいです。では今日も早速勉強です!
RYO
まずはじめに【自己紹介】!
私は2020年1月からブログを始め、4ヶ月でTwitterフォロー【1000】アフィリエイト収益4桁収入を継続しているRYOといいます🎵「楽しく継続、楽しく収益」をモットーに楽しくブログ運営しています!

わかりやすい日本史

前回の物語

日本史

わかりやすい日本の歴史 平安〜鎌倉時代【流れがわかる日本史】

鎌倉幕府(北条政権)
モンゴルからの攻撃を受け
それを退治してくれた九州の武士に

ご褒美をあげることが出来なかった

これにより

武士と北条政権との信頼関係が崩壊

鎌倉幕府滅亡へ進むのだった!!!

Ryo先生
話のつながりを大切するためにも、理解を深めるにも必ず上の記事は読みましょう!

今回はついに

鎌倉幕府が滅亡します!

まずそのきっかけとなる男をご紹介。

その男は「幕府に所属していない武士」で
その実力は天下一品。

その力を見込んで幕府は
彼を仲間に入れようと
「ヘッドハンティング」するも

その話を断り

幕府から「悪党」と呼ばれていた人たちの

筆頭格。

名前を楠木正成(くすのきまさしげ)

彼はその強さから
高額な懸賞金をかけられていた。

彼は大阪の「千早城」に居城を持ち
次から次へとやってくる武士を倒していった。

一方京都では・・・

北条家に仕えていた有力一族

「足利家」
がいました。

この一族は
北条家の右腕として各地で戦を行い
連戦連勝の実績を上げてきた。

しかし・・・

恩賞が増えなかったこと」に加え

先のモンゴルの戦いでも「恩賞がもらえなかった

デビルン
これはブチギレるわ!!!ボランティアで戦争て・・・

こうした不満が
限界に達していた・・・。

そこに・・・

天皇家の男が、「天皇権力再興」を狙い
恩賞に悩む足利家に近づき

「恩恵と地位は必ず与える。
協力しようではないか・・・」

こうして

天皇家と足利家が
超強力タッグを組んだ

生徒
お〜〜〜〜〜〜〜!!!すごいっ!!!

その天皇家の男が「後醍醐天皇

その足利家の男が「足利尊氏」であった。

生徒
わーーー!ふたりとも聞いたことがあります🎵ここで出てくるわけですね!

彼らが狙うはただ一つ!!!

デビルン
どこや・・・いったいどこやーーー!!!!!!

かつて朝廷(=天皇家)は
鎌倉幕府を倒そうと反乱を起こしたこと
があった。

それが1221年の「承久の乱

Ryo先生
前回の記事にも登場していますよ!復習するとですね・・・

源頼朝の妻「北条政子」
VS
実権を握られていた後鳥羽上皇

この戦いが「承久の乱

天皇による政権を
もう一度取り戻そうと
後鳥羽上皇が政子に喧嘩を売った戦いです。

この戦いによって

鎌倉幕府の北条家は
二度と天皇一族が反乱を起こさないよう
天皇一族を監視する施設を建設したのです。

それが京都にある

六波羅探題

後醍醐天皇と足利尊氏は

この「六波羅探題」に狙いを定めます

そして見事「六波羅探題」を
ぶっ壊したのです!!!

生徒
確かにわかりますが・・・鎌倉幕府・・・潰したほうがいいのは神奈川県の鎌倉では???

そのとおり!!!
本丸は神奈川県鎌倉。鎌倉幕府ですからね。

近畿地方では
北条家に不満を持つ武士たちが
つぎつぎと天皇家・足利家グループに加わり

一大勢力となり鎌倉に進んだ

鎌倉幕府(北条家)はこれに驚愕!!!

「やばい・・・どうしよう・・・鎌倉を守らねば・・・」

そこで鎌倉幕府は「ある男」を頼りにします。

その男は先程にも登場した
「千早城の戦い」にも参加していた
鎌倉幕府のなかでも優秀な武士の一人でした。

彼は鎌倉幕府のために戦っていましたが

楠木正成の力に驚いた。

そして、敵であった楠木正成も
彼の力が目に止まり
同じ仲間として戦えないかと説得をしたのです。

そして楠木正成は言います。
「こちらには天皇家がついている。あの「後醍醐天皇」である。そなたよ・・・その力は素晴らしい。共に戦い、今の腐敗した北条政権、腐った鎌倉幕府を一緒に倒そうではないか!!!」

と話しました・・・。

その男は話を聞いたあと
何も言わず関東に戻った・・・。

その男が地元に戻ってみると・・・
鎌倉幕府はこのあとの戦争に備えるため

納税の取り立てを強化

その男は思った。

「命をかけて戦ったこの私の命より・・・
税である米のほうが大事なのか・・・
本当に腐っている。
私は天皇家復興のために戦いたい・・・
今こそ・・・反旗を翻す時!!!!!!!」

Ryo先生
ついに彼は北条家を裏切り、鎌倉幕府を滅ぼそうと鎌倉に攻め入る!

その男の名を「新田義貞」という。

「あの新田義貞が寝返ったのか!!?」
鎌倉幕府は大混乱

さらには当時の北条家の
堕落した政治が露骨に現れた。

北条家はとにかく長男家系を大切にした

それが何を意味するのか・・・
日の目を見ない北条家一族もたくさん存在し、彼らが次々と倒幕へと反旗を翻したのだった!!!

新田の勢いはどんどんと加速!!

そしてついに鎌倉にいた北条家が倒幕軍に囲まれ
800人がその場で自害・・・

鎌倉幕府はこうして終わりを迎えるのだった・・・

デビルン
800人が集団自害・・・信じられへん・・・。

天皇の復興を狙った「後醍醐天皇

北条家に長く使えるも
手荒く扱われた「足利家
幕府に所属していない武士「楠木正成
北条家にとってはただの家臣だった「新田義貞

鎌倉幕府は
彼らによって幕を下ろした・・・

鎌倉幕府滅亡後

日本史
滅亡した鎌倉幕府は
源頼朝が作った「武士中心の政権」でした。

しかし、新しい時代は「公家中心」

つまり・・・
彼らが作るのは後醍醐天皇を主にした「天皇家中心の政権」でした。

そこで後醍醐天皇が新たに行ったのが

建武の新政

しかし・・・もう分かるように

今更天皇家中心の時代に戻ることは出来ない

生徒
たしかに・・・もう世の中は「武士だらけ」ですからね・・・。

後醍醐天皇の気持ちはわかるが
天皇中心は不可能であった。

デビルン
え・・・どないするん???後醍醐やばいやん・・・。

そこで武士は
足利尊氏のもとに集まった

集まった武士は言います・・・。
「また天皇家中心の世の中になってしまうんですか?天皇に使われて終わりなんて嫌ですよ・・・。あなたが国のリーダーになれませんか?後醍醐天皇なんて嫌ですよ!!!」

そして日本はどうなったかと言うと・・・

生徒
また戦争ですか?もう戦いばっかりで嫌です〜!
Ryo先生
いえいえ!戦争にはなりませんよ🎵どうなったかとうと・・・新しい時代がきます。それが・・・

南北朝時代

北は足利尊氏
南は後醍醐天皇

と分かれてしまう南北朝時代が来るのです・・・

Ryo先生
この分裂が「60年」続くのです・・・・・60年のけんか・・・

でもですね・・・60年もたつと・・・

南北分裂のきっかけとなった
「後醍醐天皇」が崩御
足利尊氏も死んでしまった・・・

その分断状況を解決し
南北合体を成功させたのが

足利義満」です。

生徒
どのようにして終わらせたんですか???

北のリーダーの皇位継承を南に譲った

そして

その南の継承者が死んだら
次の継承者が北にいく。

と順番にすることで和解させた。

生徒
な〜るほど!あったまいいですね!

こうして・・・
60年にも及ぶ対立は落ち着き
鎌倉から場所を改めて・・・

天皇家ゆかりの「京都」の室町
幕府を新設した。

室町幕府はこうして始まる

武家の鎌倉から、公家の京都。

その中心人物は「武士」

京都の「高貴な文化」と武士の「勇ましさ」の融合。

それに足利義満が行った「日明貿易」により
中国の明の文化がスパイスとして入る

その超融合文化により誕生した
象徴的な建造物

「金閣寺」

優美で勇ましく
繊細で華麗な時代が100年つづく・・・

ところが・・・・

その華やかな時代も
いつか枯れてしまう時が来る・・・

その枯れるきっかけとなる反乱
その後の大乱世へのきっかけとなる反乱
戦国時代のきっかけとなる反乱。

それが

応仁の乱

刻一刻とこの戦が始まろうとしていた・・・

生徒
こわい・・・でも凄く面白くなってきました・・・教えて下さい!!!
Ryo先生
ちょっと長くなってしまいましたので、次の物語でお話しましょう🎵無理せずゆっくり話します🎵戦国時代幕開け、応仁の乱までの物語・・・
生徒
はーい🎵
戦国時代

戦国時代のきっかけ「応仁の乱」をわかりやすく徹底解説

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