神社と寺(仏閣)の違い

神社と寺 歴史
RYO
私は2020年1月からブログを始め、4ヶ月でTwitterフォロー【1000】アフィリエイト収益4桁収入を継続しているRYOといいます🎵今日も楽しんで記事を読んでください🎵

日本の神社

  1. 「神社」と寺の違い
  2. 神社の始まり
  3. 戦国時代の神社と寺
  4. 戦国時代後の日本
  5. 明治時代の「神社」と「寺」

皆さんは新年に初詣に行きますか?
神社?それともお寺?

生徒
気にしたことなかったです・・・確かに言われてみれば・・・どっちなんだろう。気にしたことなかったです!

日本神話の勉強もしました。

日本の成り立ち【神話:古事記】

この「神社」と「寺」

2つの存在が
一体どういう関係なのか
楽しく理解しましょう!

お寺はお坊さん?
神社は巫女さん?

ん〜〜〜〜〜

日本神話でもお話した伊勢神宮。出雲大社。
こちらは「神社」で・・・

東大寺・清水寺・・・吉祥寺は?笑
こちらは「寺」。

生徒
よく違いがわかりませんよね・・・でも大丈夫!あとは・・・

お葬式の多くが
お坊さんに「お経を読んでもらう」仏教式。

初詣は神社へ?お寺へ?

おみくじは引きますか?

神社は神からの言葉。
寺は仏様からのお言葉・・・

どっちを信じるの?

ほら、日常の生活にも
しっかりと根づいているこの存在。

その違いは、成立過程は?
そんな疑問を解決します!

今日も楽しくお勉強しましょう!

神社の始まりは「出雲大社」

神社は神「アマテラス」がきっかけで
成立した建造物。

生徒
この成立過程も先程の「日本神話」の記事で書きましたので「楽しく」確認しましょう!

さて、日本の歴史で
「神社」「寺」
この2つが交わるきっかけが有りました。

それは
「神」を信仰していた日本に・・・
神社しか存在していなかった日本に・・・

仏教が伝来したこと

この「仏教伝来」がお寺を誕生させます。

当時の日本は
2つの強力な権力者一族が
今後の国家経営に関して対立していた。

それが

物部(もののべ)氏と蘇我(そが)氏

物部一族は言います。
「仏教だと!?そんなもの日本には必要ない!!!」

蘇我一族は言います。
「仏教こそ国民を、日本を救う思想である!」

この勢力争いに蘇我氏が勝利。

奈良時代には聖武天皇がこの「仏教」を
国教とするまで大発展する!

そして、日本を仏教国として治めようと
奈良に東大寺を建て、さらに
巨大な大仏を建て祈りを捧げた。

しかし・・・
今まで日本は「神道」でした。

Ryo先生
日本国民は皆、神様に祈りを捧げていたんだね。いきなり「仏さま」に祈りなさいと言われても・・・。

そこで政府がとった行動が

神仏習合

「神様も仏様も一緒です!」
と言い出した。

Ryo先生
つまり、「神社」と「お寺」を一緒にしたのです。
生徒
一緒?一緒とはどういうことですか?そんなの無理に決まってます!

伊勢神宮や明治神宮など
「神道施設」の敷地内に

仏教施設の「寺」
を建てたのです!

これが

「神宮寺」

生徒
わ〜!king&prince!神宮寺くん!!!

ほら、神宮は「天皇」
つまり、アマテラス一族直属の神社です。

記事を見るとわかるように
天皇となるアマテラス一族に
負けてしまったオオクニヌシ
そこに「イズモノオオヤシロ」

つまり「出雲大社」を
建ててもらいました。

なので・・・
「出雲大社」は
「神宮」よりも格下なのですね。

天皇直属の神社以外は
「神宮」という言葉は使えません

かなり昔から
神社とお寺は「共存」していた。

こうして
次第に神社とお寺は
同時に権力を拡大していった。

そして、大きく動くのが

戦国時代・・・

戦争

「神仏習合」により
神社やお寺は大きな権力を得ていた。

人々は神に祈り、仏に祈り、
献金を授け、死後の世界を心の拠り所にする。

戦国時代に一番の権力を握っていたのは

上杉謙信武田信玄真田幸村伊達政宗
などの戦国武将ではなく

神社やお寺だった。

彼ら戦国武将も神頼みをするくらいです。

僧は言います。
「我々に攻撃などした場合、神からの天罰が下りますぞ?」

そんな事言われたら
武将たちは攻撃なんて絶対できません。

このように権力を牛耳っていたのが
神社・お寺でした。

この神社やお寺に対し・・・

「天罰!?知るかボケー!!!
偉そうにしてっから殺す!!!!!」

と行動に出たのが

織田信長

何をしたか覚えていますか?

僧兵をシメます。笑

これが比叡山延暦寺の焼き討ち

ほら、お寺ですよね?

織田信長は仏教弾圧をしました。

戦国時代後の日本

関ヶ原の戦いが終わり、天下は
徳川家康の江戸時代になります。

生徒
徳川家康の江戸幕府は「神社」「寺」をどうしたのでしょうか?

神道?仏教???

江戸幕府は儒教を採用!!!

「儒教についても」楽しく勉強しました!

アイキャッチ画像

諸子百家とは【覚え方と総まとめ〜思想・儒家・法家〜】

織田信長から「仏教」は衰えた。

この江戸幕府が中国の儒教を採用!
「心の優しさ」と「徳」が必要だと。

ところが!!!

今まで外国諸国の思想を導入してきた
ツケが返ってくるのです!

生徒
外国諸国の思想とは仏教のことですか?すみません・・・ちょっとごちゃごちゃになってきて・・・
Ryo先生
ちゃんと学ぼうとしてくれてますね!そうです。仏教は中国から日本に入りました。これをず〜〜〜〜〜〜っと日本は神道とともに使ってきましたね。

日本に存在した「神道」に加え、
中国から「仏教」が入る・・・
そして江戸幕府は中国の「儒教」を採用・・・

あ、ちなみに仏教については・・・

釈迦

全てわかる世界の宗教〜仏教とは〜【”仏教の教えや仏教伝来”】

つまり、ほとんど「パクリ」です!!!

「パクリ」ではなく、
日本独自の思想」をしっかりと
作ろうではないか!!!

ほら、海外勢力もやってきている。
日本はもはや鎖国は古い!

日本独自の思想を作り上げ、
海外と対抗する必要がある!

この考え方が「国学」です。

これを発したのが
本居宣長(もとおりのりなが)でした。

彼は言います・・・
「神道を復活させようじゃないか!!!」

「日本が世界に負けない戦いをしようじゃないか!」

こうした士気が、
明治維新を動かそうとする維新志士たちの
心に超響いた!!!

「俺たちも国を変えたい!
世界に通用する日本を作りたい!」
と。

日本を強くせねばいかんぜよ!!!!!!!!

ってね。そう、坂本龍馬です。

そして、
この熱き思いを持った志士たちが
新たな江戸に変わる新たな時代を作る!

これが

明治新政府

明治新政府は
海外の情勢を取り込み、
更に日本人としての誇りを胸に
政府経営をしていく。

その独自の思想スタイルが・・・
「国家神道」!!!つまり、神仏の分離を進めた。かつての仏教を切り離した!

奈良時代から続いた
「神仏習合」を・・・

ついに明治政府は「分離」させたのです!

中国から来た
「仏教」

「儒教」

必要ない!!!

神道こそが日本独自の思想だ!!!

と。

でも・・・
もはや1000年以上も続いた神仏習合です。
いきなりは不可能ですし、
反対運動も盛んに行われます。

なので結局、神道・仏教の両立を
政府は認めざるを得なかった・・・。

しかし、明治新政府は
「神道」での国家経営
を進めた。

日本は神の国であり
神社は神の施設であると・・・。

この思想が日本を苦しめる!

日本は神の国、天皇の子である。

その神道思想の結果、
日本は天皇を主権とする国家が生まれ、

戦争では神風特攻隊など
神道思想が多くの被害を生んだ・・・。

神の力を身にまとえばかならず勝つ。
なぜなら日本は、日本人は「神の子」だから・・・

そして日本は敗戦。

GHQのもと日本は民主化へ。

「神道はやめなさい」
というアメリカからの指令があった。

「神道・仏教とまた平等にしなさい。」
いいですね?

と。

こうして現在の日本は
神社とお寺が数多く残り、個人個人での信教は自由になっているのです。

古事記で登場する
アマテラスの末裔が建立した建物

「神社」

そして、
中国仏教を日本が導入し建立した建物

「寺」

この2つの存在が

当たり前のように存在する日本は

とてもめずらしい国なんですね。

楽しく勉強するならこれ!

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